確かにそこにある脅威 イラク−アメリカ−日本−そしてボスニアへ

鎌仲ひとみ (映画監督)

 初めてイラクへ出かけたのは98年でした。イラクで何が起きているのかほとんど情報がありませんでした。経済制裁と独裁国家という二重の壁に囲まれてイラクの人々が直面していた様々な困難はそのまま外の世界に伝わらず、打ち捨てられていました。今になって思えば何が起きているのか、知っていたのは国連のWHOやアメリカの首脳部のみだったのでしょう。彼らはイラクで起きていることを世界から隠していたのです。
 中東随一の高度医療を誇っていたイラクは子供の解熱剤もろくにない状況でした。医師たちはまさしく空手で患者に向き合っていました。本来なら助かるはずなのに無駄に死んでいくなんと多くの人々がいたことでしょう。特に子供たちは98年当時で60万人が経済制裁で亡くなったとWHOが正式に報告しています。ゆるやかで確実なジェノサイドが進行していました。それに拍車をかけていたのが劣化ウラン弾の影響でした。
 白血病やがんの発症が急速に増えていました。計画的な治療が必要なこれらの病気は医薬品の輸入制限を受けたイラクでは治癒の可能性がありません。子供たちは黙って死んでいくのでした。そんな中で14歳の白血病の少女、ラシャに出会いました。彼女は「私を忘れないで」と書き残してやはり、薬のないまま亡くなりました。劣化ウラン弾と経済制裁の二重の打撃が何の罪も無い子供や市民を殺していても誰もそれを糾弾したりできない状況が横たわっていました。ラシャが亡くなった時、私はそういう状況を作り出したアメリカや国際社会に怒っていました。そしてイラクの子供たちのために何か医療サポートができないかと、日本で被爆者の治療を続けている肥田舜太郎先生に会った時、イラクの子供たちは被曝者だと教えられました。微量の放射性物質を体内にとりこんだタイプの被曝者なのだというのです。そうかあの子達はヒバクシャだったのかと気付いた時、何が起きているのか、ようやくはっきりと見えてきたように思えました。これをきっかけにして映画「ヒバクシャー世界の終わりにー」をつくりました。
 映画には原爆や劣化ウラン弾を作り続けてきたアメリカの核施設周辺の人々も登場します。風下に住む農民も核施設で働く人々もその家族も、そして汚染された大地で作られた
 作物を食べる全ての人々がヒバクシャになっていることが見えてきます。

 劣化ウラン弾の人体に与える影響をいまだにアメリカも国際社会も認めてはいません。
 ごく少数の科学者や活動家、医師たちが確信を持ってその危険を告発していますが、まだ完全にその因果関係を証明できたわけではありません。しかし、事実は科学的な実証を待たなくとも進行してゆくのです。イラクのおびただしいがんや白血病を病む人々にとって実証を待つ前に治療が必要なのです。しかし、それはいまだに届いてはいません。しかも「イラク人を解放する」と言って、アメリカは今回の戦争で再びイラク全土に劣化ウラン弾を使ったのです。その影響は新たな犠牲者としてすぐ現れてくるでしょう。早くこの兵器を使用禁止にしなければなりません。劣化ウラン弾の材料である劣化ウランは私たち日本人が使っている原発の燃料を作る過程から出てくる核廃棄物なのですから、私たち日本人も加害者なのです。「ラシャの死に私自身も責任があるのだ」と気がついてきました。
 ましてや日本政府はいち早く今回の攻撃を支持したのです。放射能兵器を使用した侵略戦争を支持し、そしていまや軍隊を出してその侵略戦争に加担しようとしているのです。私たちはこのことの本当の意味を知らなければならないのです。
 問題は体制側が劣化ウラン弾の人体に与える悪影響を否定していることです。多くの科学者がこれを支えています。しかし、体系的な調査もなされていないのが現実です。そんな調査に誰も資金を出さないのです。

 劣化ウラン弾が使用されたのは1991年、湾岸戦争でイラクに300トン、ボスニア・コソボのバルカン紛争で11トン、アフガン攻撃で1700トン、そしてまた新たに2003年、イラク侵略戦争で2000トン。(ドラコビッチ博士のデーターより)
 バルカンが最も少なく、そしてその影響に関する報告も少ない。イラクのような乾燥した砂漠地帯ではなく、バルカン地方は雨の多い温暖な気候地帯です。このような地域で劣化ウラン弾が使用された時、その影響はどうなるのか。イラクでの悪性腫瘍の増加を体制側は「油田からの煙による公害が原因」「イラク独特の風土病」「イラク政府が使った化学兵器が原因」ということを言っています。しかしもしイラク以外でも同じようなことが起きていれば、劣化ウラン弾の影響だということはもっと説得力を持つと思うのです。
 イラクだってもちろん体系的な総合的な調査がなされていません。アフガニスタンもしかり、未来永劫調査がおこなわれないのではないか、と心配になります。そんな中でアサフ・ドラコビッチ博士が行っている調査は本当に貴重なものです。純粋に科学的なデータを数字として提示してゆくことの価値は計り知れません。そのドラコビッチ博士はクロアチア出身ですが、まだバルカン地域の調査は行っていません。

 いまだ、劣化ウラン弾が人体に与える影響に関しては未知な部分が多く、体制側がその悪影響を否定している現状の中でその被害はどんどんわかりにくくなっていこうとしています。たとえばアフガニスタンはインフラの整備が進んでいないこと、治安が悪いことが調査の障壁となっています。イラクの場合、以前は経済制裁がそして今はアメリカの占領が調査を阻んでいます。アメリカ軍は劣化ウラン弾の不発弾を回収して証拠隠しをしているという報告があります。今回私が撮影してきたボスニアでその被害を覆い隠していたのは民族の確執でした。

 旧ユーゴスラビア共和国連邦からつぎつぎと各州が独立分離していく中でボスニアもやはりムスリム系が主権を持った政府が1992年、独立を宣言しました。
 同時にこれに反対するボスニア領内のセルビア人が武装蜂起しました。この勢力を旧ユーゴのミロシェビッチが支援することで内戦とも民族紛争とも区別のつけがたい戦いが始まったのです。
 セルビア側は圧倒的に有利でした。しかし、ボスニア政府はアメリカのPR企業を雇ってアメリカで世論に訴え、セルビア側が民族浄化をしていると糾弾し、アメリカの武力介入を要請します。非常に優秀なこのPR会社の担当は国際世論を完全にボスニア=善、セルビア=悪 という方向に持っていくことに成功します。そしてNATOの空爆がここからひきだされました。
 1995年、NATOはサラエボを初めとして大規模な空爆を敢行しました。そしてその時打ち込まれたのが劣化ウラン弾だったのです。
 このNATOによる空爆でセルビア側は敗退し、平和協定が結ばれました。それでボスニアは無事に独立して、はい、めでたしめでたし、平和が戻りましたーということになっている訳です。
 しかし、ご存知のように劣化ウラン弾が使われた地域でめでたし、めでたしがある訳がないのです。とはいえ、その被害に関してはあまり報告がありません。イラクの被害に関しては盛んに報道されていますが、それに比べ、この地に関する報道はひっそりとしています。あたかも何も起きていないかのようです。もし劣化ウラン弾の影響が出るとしたら数年後です。イラクでの経験から5年から10年がピークではないかという気がして今回この地域に出かけることにしたのです。

 ハンブルクのウラン兵器会議が終わって同じく会議に出ていた森住卓さんとロンドンを経由してまずセルビアのベオグラードに入りました。本当はコソボに行くつもりでしたが、日程が非常に限られているので、急遽ボスニアを調査してみることにしました。道先案内をしてくれたのは現地に住んではや15年という大塚真彦氏。大塚氏は旧ユーゴ通信という名前でHPにこの地域のニュースを執筆しています。その中で彼は「悲しきウラヌスの子」というタイトルでボスニアの劣化ウラン弾について報告しています。そして彼のパートナーとして働くバーネ氏は非常に有能なネゴシエーターでした。この最強のコンビと一緒に最初に尋ねたのはボスニアとセルビアの国境に近いブラトナツという村です。ここの診療所の医師がある調査をしているというのです。

 スラヴイア・ヨバノビッチ医師は精力的な感じの女性ですが、尋ねた当日の朝、友人を事故で亡くしたということで、心持蒼ざめた顔でインタビューに応じてくれました。
 このブラトナツ村には戦後、15000人近くの難民が移送されてきました。スラヴィア医師はその中で特に健康被害が多いグループがサラエボ近郊からやってきた難民だと気がついたのです。そしてただ鉛筆と紙だけで4500人のハジチ村出身者を対象に統計を取り始めました。するとサラエボ近郊のハジチ村出身者だけの死亡率がブラトナツの住民と比べて4倍も高くなっているという結果が出たのです。しかも、悪性腫瘍による疾患が多発していることもわかってきました。特に中年の男性に肺がんと消化器系のがんが多いのが特徴です。スラヴイア医師は原因がわからなければ質の高い治療をすることは無理だ、原因の究明が必要だが、そんな予算人手もないと言います。

 ブラトナツでハジチ村出身のビビアナに出会いました。ビビアナは看護士の資格を持ち、スラヴィア医師と同じ診療所で働いています。夫と娘、息子の4人家族。
 彼女もまた診療所のカルテを整理していてハジチ村出身者におきている異変に気がついていました。新生児のケアもしているビビアナは障害を持った子が生まれているのも目の当たりにしています。ビビアナたちが持っていた畑に爆弾が落ちて、その同じ畑のじゃがいもを両親は食べていました。その両親がともにがんで相次いで亡くなったのです。母親は肝臓がん、父親は肺がんでした。

 ハジチ村には旧ユーゴスラビアの軍需工場がありました。NATOはここを重点的に爆撃しました。劣化ウラン弾を使ったことはもう正式に認めています。この工場を訪ねると国連の環境調査団が回収したという場所に劣化ウラン弾の薬きょうが転がっています。
 地表には赤い丸が描いてあって、その中を放射線計測器で測ると標準のおよそ170倍も高い値が計測されました。ここを調査し地表の劣化ウラン弾の不発弾を撤去した国連環境調査団は人体に影響があるほどではないという報告をしています。だから工場で働いている人たち、つまりセルビア人を追い出した側であるムスリムの人たちは国連がそう言うのだから、たぶん大丈夫なんじゃないかと考えています。
 ところがここに大きな落とし穴があるのです。ウランは3種類の放射線を出しています。
 ガンマ線、アルファ線、そしてベータ線です。現在、放射線計測器で測ることができるのはガンマ線だけです。この放射線はその放射性物質が体の外にあるときだけ、問題となります。
 ウランが微粒子状態になり、人間の体に取り込まれた体内被曝を国連の調査団は完璧に無視しています。体の中に入ったウラン微粒子の放射線を計測する科学はいまだにありません。しかし、実験室ではウランの微粒子が弱いアルファ線を出して時間をかければ十分に遺伝子に傷をつける力があることが証明されています。ですから体制側は体外被曝だけをとりあげて安全だと言っているのです。そして体内被曝が悪性腫瘍などの病気として発病するには何年かかかります。だいたい5年から10年の間にピークになるので長期的な観察が必要になるのです。
 例えば今回、自衛隊に携帯用の放射線計測器を持たせると言っていますが、計れるのはガンマ線だけです。塊になって転がっている劣化ウラン弾はそんなに危険ではありませんし、除去して管理することができます。空中に目に見えない塵として浮遊しているウランの微粒子こそが危険なのです。それは彼らが持っていく放射線計測器で計ることはできません。
 ここに大きな欺瞞があるのです。彼らは真実を知らされていません。その計測器で計ってみれば大丈夫といわれているのでしょう。
 アメリカ陸軍の少佐だったダグラス・ロッキは劣化ウラン弾のミクロン単位の大きさになった塵から人間を防御するのは不可能だと、だからこそ使ってはいけないと言っているのです。湾岸戦争症候群も兵士が帰還してから何年かして発病が始まっています。そしてそうなっても誰も責任をとってくれないのです。

 紛争に敗れたセルビア人は自分たちだけの国家を現在ボスニア領内に作っています。国家内国家という奇妙な形です。ここの病院の院長、ジュドラーレ医師は悪性腫瘍の統計を取っているのですが、患者数がNATOの空爆から3年後の98年から急激に増加しています。そして今も増加の一途をたどっています。それをキチンと追跡しているのは自分たちを攻撃するためにムスリム側がNATOの爆撃を呼びよせたことを弾劾したいという心理があるからです。そして、その数字は事実、確実に増えています。ジュドラーレ医師は「ムスリムの人々はがんは増えていないと言っていますが、そんな訳がありません、同じ空気を吸い、同じ水を飲んでいるのですから」とデータを示しながら語りました。

 一方ハジチの村人たちはどうか。たとえば人のよさそうな老夫婦は27歳の一人息子をセルビア人に殺されています。ほとんどの村人がムスリム系ですが、紛争後彼らが村に帰ってくると家はすべて破壊され、略奪されていました。村人たちはセルビア人に苦しめられていた自分たちをNATOが救ってくれたと思っています。だからがんの増加があるということをはっきりと見たくない心理が彼らの中にあるのではないでしょうか。あっても紛争のストレスが原因だと考えています。
 同じハジチの住民でもセルビア人は戦争が終わってハジチ村から難民となって出ていかなければなりませんでした。セルビア人勢力が多くのムスリム系の住民を殺し、家々を略奪したからです。
 それまでお互いに交じり合って平穏に暮らしていた二つの民族は分断され、お互いの憎しみは解決されないままです。しかし、その二つの民族の確執には関係なく、敵も味方の区別もなく、劣化ウラン弾は被害をもたらしています。
 隣人同士が殺しあった、民族紛争は、目に見えない放射能よりもその殺し合いの方が恐いと村で出会った学校の先生はつぶやきました。それが確かに彼らの実感なのでしょう。

 しかし、自分の家族が、愛する人ががんや白血病になったと想像してみてください。イラクと違ってボスニアには整備された医療があります。ですから助かる人もいるでしょう。
 それでも、死んでゆく人もいるし、これからも沢山発病するひとが出てきます。子供時代に白血病になり、抗がん剤の治療を受けると薬の副作用で生涯、なんらかのハンディをしょいこみます。そして遺伝子の傷は次の代、またその次の代へと受け継がれて行くのです。
 そしてその責任は決して永遠に誰も取ることができないのです。
 一つの地域で劣化ウラン弾が使われたらそれはその地域だけの問題にはとどまりません。
 汚染された環境を修復することは不可能なのです。
 本当に劣化ウラン弾の影響は巧妙に隠され、その危険をはっきりと指摘することは難しい現実があります。それでも目に見えなくとも劣化ウラン弾が使われた地域には確かにその地域の人々を蝕む放射性物質の脅威が存在しているのです。