'05年11月7日

リポート:菅野 久美子 (CADU-JP)

 ご夫妻は昨日よりもフォーマルな服装(ジェラルドさんはスーツ姿)で着席。
 鎌仲さんの司会で幕開け。通訳は昨日に引き続き、きくちゆみさん。

【ジェラルドさん談】
 軍に入ったのは、カレッジに入っていい教育を受けたいというのが理由だった。
以前は海兵隊にも所属していて、本当に軍を愛していたが、DUの被害を受けた今では、 DUについての予備知識すら与えなかった軍を憎んでいる。
 朝起きて、哺乳瓶を握れない、本のページをめくれない、グラスを落として割ってしまう、そんな娘を見るたびにそう思う。しかし、今自分はセラピスト(作業療法士)で、それが(学費を出してくれた)軍のおかげなのもまた事実である。

−(このようにして、自らのDUによる健康被害について公に話し始めてから周りの反応は? との質問に−
 (マシューさんの)父親は「こういう政府なんだからやり過ぎると何をされるか分からない、止めなさい。お祈りをしなさい。」と言い、自分も初めは話すことにためらいもあった。でもジャニスのおかげで続けてこられた。
 ただ、以前入院していたときに訪ねてくれた軍の友人たちは、今では誰も訪ねて来ない。(とおっしゃったとき、やはりさびしそうな顔をされていました。)
 今は一緒に訴訟を起こしている8人が本当の友人たちで、一丸となってがんばっている。
 
懇意にしている軍医も数人いて、公ではないが「これ(ジェラルドさんの症状)はDUのせいだ」と言ってくれる。だがそういうことを書類に書いたりはしてくれない。彼らはまだ軍の中にいるからだ。

 自分の子がこのように被害を受けるまでは、イラクの子供たちのことなど想像すらしなかった。でも今は、自分は(戦闘兵ではなく)運転手としてイラクに行ったが、(戦争の)一部に加担していたことを思うと、とても申し訳なく思う。もし将来自分が生きながらえ、障害がある子がいて、その子に親がいなかったら、その子を引き取って一緒に暮らそう、と言いたいと思っている。
 自分にできることは、同じことを繰り返さないよう、みんなに伝えることだ。

【ジャニスさん談】
 ヴィクトリアちゃんを身ごもって、超音波診断で指がないことを知ったときは本当に気が狂いそうだった。
 彼がイラクにいたとき、殺されてしまうんじゃないかと恐れていたけれど、今夫は、そして娘はゆっくりと殺されています。それを見続けなければならない私には、何も失うものなどありません。
 DUを禁止する、廃絶するというゴールは遠いけれども、諦めてはだめ。だって政府は私たちに諦めてほしいのだから。Keep Fighting!(戦いつづけるのよ!) 私自身、何度も止めたいと思ったけれど、娘を見るたびに母親の私ががんばらなくちゃ! とがんばってきました。キング牧師だって最初は一人で戦い始めたけれど、最後には目標を達成しました。
 だから(政府関係者や議員たちに)電話をかけ続け、手紙を書き続けましょう。煩わしてやりましょう。

◆合間に登場された地雷廃絶キャンペーン、目加田説子 中央大学教授より
DU廃絶に関する国際的な意識の盛り上がりが、米政府に影響を与える可能性はある。そのためには「政治をよくよむ」ことがとても大切。

◆司会 鎌仲さんより
将来どこの国で誰がDUの被害を受けても、それは私たちの問題である。「ヒロシマ、ナガサキ」を経験したはずなのに、また劣化ウラン弾などを使おうとしている。
ひとつの大きな目標を達成するために私たちがやることは、まだまだたくさんある。

◆最後に、途中で帰られた社民党党首福島瑞穂さんの秘書、石川氏より
「自衛隊の健康診断に対する質問状」への回答が、小泉首相の名前で来たということで、その内容を説明していただきました。

◆また、「NO DU」Tシャツなどを着て意思表示をすることはしゃべらなくてもできる、とても簡単、かつ効果的な方法。人は言葉を覚えなくても、絵なら覚えるから。
是非そういった方法でみんなで意思表示をしましょう! となりました。
(…ということで、CADUサイトでアイロンプリントワッペン近日中に発売予定!)

当日配布資料
表紙(jpg)
本文(pdf)
1.25MB

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